●つばくらめ●



スッと通った首筋に、がっしりとりた厚い胸板。

背筋をピンと伸ばした姿は、見ていてとても気持ちがいい。
黒いタキシードを実に上手く着こなして、まるでダンスでも踊るかのような。
そんな軽妙な足取りで優雅に動く様に、思わずほぅとため息がこぼれた。
そして時折、まるで私がその姿に見惚れているのを知っているかのように、チラリと意地の悪い視線をくれる。
その自信たっぷりな、少し意地悪で余裕たっぷりな色を含んだ瞳の色が、何だかひどく憎たらしかった。



「なぁ~に見惚れちゃってるのかな、香ちゃん?」
「あ…リョウ。あのね、ホラ、あそこ……」
「ん~……?」



ベランダで一人、ほぅとため息をついていた私の指し示す先には、壁に取り付けられたエアコンの室外機。
そして、その上には……。
「燕……?」
「…そう、なの」
二・三日前から気づいてて、フンを落とされては適わないと取り除こうとしたのに。
時すでに遅く、巣の中では卵が孵り、小さな雛がこれまた小さな嘴を開き、ピィピィと鳴いていたのだった。
肩を寄せ合い、小さく狭い巣の縁から顔を覗かせ、親燕の帰りを待って鳴く雛の数は、全部で4羽。
狭い巣の中で、まるでおしくらまんじゅうをするかのように寄せ集まって鳴いている様は、とても可愛らしかった。



と、ベランダの手すりで毛繕いをしていた親燕が、また餌を求めて飛び立って行った。
「あぁしてね、さっきから行ったり来たり…と、繰り返し4羽の雛にちゃんと餌が行き渡るようにって、
順繰りに餌を運んでいるの。
お母さんて、大変よねー……」
「……ンなもんだろ、母親なんて」
「でもさ、ホラ。燕って見た目はタキシード着てるみたいだし、スーッと跳ぶ姿なんて颯爽としてて、男らしいじゃない?
だから何か、あぁいう母親っぽい姿って、何だかとても新鮮って言うか……」
「ふ……ん……?」



燕にも人の話にも興味は無いねと言わんばかりのリョウは、またそのままソファに逆戻り。
愛読書を広げて、にやけた笑みを浮かべている。

そして「香ぃ…コーヒーくれぇ~…」と、のたまった。
もう……っ!!少しは可愛いとか、思わないのかしら。
プンプンとふくれつつ、いつまでも燕たちを見ている暇は無かったのだとリョウにコーヒーを淹れ、
午後の伝言板チェックへと出かけた。




結局今日も、依頼は無し。
CAT'Sで美樹さんとひとしきりおしゃべりしていたら少し遅くなってしまったので、慌てて夕食の支度に取り掛かる。
珍しく家にいたままのリョウは、これまた珍しく「遅い」だの「メシはまだか」だのと文句ひとつ無く、黙ってエロ本の鑑賞会。
午後の間ずっと、仕事もしないで…と怒りたかったけど、夕食の支度に遅れた側としては、あまり強くは出られなくて。
仕方ないので、黙って大目に見てあげた。



いつもより遅い夕食を終え、ベランダの鉢植えに水をやろうとサンダルを履いた。
じょうろで水をやりながら、ネオンの中にかろうじて見え隠れする星々を数える。
ふと見上げれば、4羽の雛は静かに就寝中の様子。
「ふふ……いい夢見てね?」
眠りを妨げてはと、大きな音をたてぬようにそっとリビングに戻ろうとした時。
暗がりの中、もう一度目をやった巣に、何らかの違和感を感じた。
「あ……?」



燕の巣が、昼間見た時よりもひとまわりくらい、大きくなっているようだった。
薄暗がりの中、よぉく目を凝らしてみると、それは…。
「これ……ガムテープ?」
よく見れば、巣の左側を中心として巣全体を取り巻くように、
壁にしっかりと固定するように、ガムテープが貼られていたのだった。

「そういえば、確か……」



昼間巣を見た時、餌を求める雛が元気よく身を乗り出していたせいか、巣の左端にヒビが入っていたのを思い出す。
このままじゃ危ないな…とは思ったけど、いかんせん、高い室外機のそのまた上の巣には、どうにも手が届かなくて。
その左端を中心にガムテープが巻かれているところを見れば、どうやらこれは、壊れそうな巣を補強した結果のようだった。
背の高い自分でさえ、何らかの踏み台を要さなければ、巣には届かない。
午後の長くを留守にしていた、私ではない。
そうすると、この仕業は……。



「ふふ…さっきはこれっぽっちも、気にしちゃいなかったのに…ね?」
不器用な男の不器用な優しさに、思わず笑みがこぼれる。
このガムテープは子燕を心配する、リョウの母性愛ならぬ、父性愛といったところか。
いつももっこりスケベの軽い男だけど、本当は照れ屋な男がちょっとした瞬間に見せるこうした優しさに、
どうしようもなく惹かれている自分がいる。

そしてその度に、とても幸せな気持ちになれるのだった。



「おぉ~い香、コーヒー淹れてくれ~」
ベランダに出た私がコレを見つけるのは、時間の問題なのに。
“そうしておいた”、の、ひとことも無く、リビングのソファにゴロリと寝転がって。
これまた懲りずにエロ本を愛読している男が声を掛けてくる。

さて……と。
リョウが燕の世話をしてあげたのなら、私は我が家の、世話の焼ける大きな雛の面倒を見てあげるとしましょうか……。
くすりと笑って、サンダルを脱いで。
「うん、待っててリョウ。今、淹れるわ」と返事をした。




END   2006.5.9