●後ろ髪●



「言ってどうなるワケじゃないけど……暑ぅーいっ!!」
連日の酷暑に耐え兼ねた香が、ついに根をあげた。
毎日全国各地の猛暑日を更新し、連日熱射病による死者まで出てるとくりゃぁ、さすがの香も凹み気味。
万年金欠状態の冴羽商事といえど、部屋ン中でも危うく熱射病になりそうで。
命あっての物種よと、さすがの香も、エアコン禁止令を解除したほど。
ただし、"二人、別々の部屋では使わないコト"ってぇ、オマケつき。
まぁ懐事情を考えれば、それも仕方ねぇだろうがな。



とはいえ、少しでも懐に優しい涼み方をと、伝言板チェックの後は、行きつけの某サ店でだべりんぐ。
最近では美樹ちゃんも大目に見てくれるようになって、
「手伝ってくれるなら」というありがたい言葉を受け入れて、
材料費の3分の1と洗い物を引き受ける代わりに、夕食までキャッツで済ませ。
まるでウ゛ァンパイアのごとく、照り付ける太陽がようやくなりをひそめた夜になってから家路につくという日々を過ごしていた。



しかし、さすがにこうも残暑が厳しいと、駅までの道程すらため息まじり。
「うっわ、今日も暑そ……」と、ブラインドの隙間から外を垣間見た香は青息吐息。
ここんトコロは日課の伝言板チェックさえ、一日か二日おきになりをひそめる始末だった。
そんな我が家のエアコンと言えば、地球に優しい温度設定をと、30度というなけなしの温度に設定中。
だが、人や車、あちこちのビルから排出される二酸化炭素にあふれる新宿の気温は、35度だの37度。
マンションの上階たる冴羽家ともなれば、ひょっとして実質的にゃぁ40度くらいにはなってるワケで。
ひょろひょろと涼やかな風を吐き出しちゃぁいるものの、ちっとも涼しくならないエアコンを見つめ。
その温度をせめてもうひとつ下げようかどうかと迷い睨みつけてた香が、ついに頭を掻きむしりながら大声をあげた。



「あ~暑いっ!!もうダメっ!!リョウ!!お願い、髪、切って!!」
そう言うが早いが、引き出しをガサガサと漁ってすき挟みを取り出し、おもむろに床に新聞紙を敷き始めた。
以前から後ろ髪が伸び始め、襟足に掛かるのを気にしていたらしいのだが。
この暑さの中、汗で貼りつくそれが限界をこえたらしい。
「夏なんだから、カッコからして涼しくしなきゃダメなのよね。ババッと元気よく、切ってちょうだいっ!!」
何で俺が……と思うものの、言い出したら聞かない香の性格にふぅとため息。
エアコンの設定を強めるコトより、伸びた髪を切って少しでも涼を得ようという行動に出るあたり、
さすがは我がパートナー殿……と、その顔が見えないのをいいコトに、こっそり苦笑した。



やれやれと思いつつ見下ろしたうなじには、うっすらと汗が浮き上がっていて、見るからに暑苦しそう。
その一筋二筋を、貼りつくやわらかな猫毛の一本一本までも丁寧に取りまとめ。
一度風を送ってやるかと、ゆっくりとかきあげて……そのまま思わず、俺は言葉を無くしちまった。



貼りつく髪をかきあげてやった白く細いうなじには、見るからに痛々しげな朱い華。
暑さに負けず、エアコンの効いた寝室でねっとりと交わったのは、昨夜のコト。
さすがの酷暑も、俺のもっこりには敵じゃぁなかったらしい。
心地よい涼風の下、俺と香は濃密な時間をたっぷりと味わった。
その跡がこんなトコロにも……と、印したコトも忘れるほど夢中になっていた自分に、思わず苦笑。
せっかく髪で隠れてるのにこいつを切ったらどうなるんだかな。
「ねぇ?まだ?気にしないでね。髪なんか、どうせまた伸びるんだから。
バッサリとやってちょうだい?バッサリとっ!!」
「ほぉ~い………」



バッサリと……ね。
切っちまうのは簡単だが、その後、"こいつ"を見せびらかして出歩く勇気を……。
果たしてそいつを、香が持ち合わせてるかどうかは、甚だ疑問。
かといって、言われたとおりバッサリと切ったからといって、
気に入りの白いうなじに跡を残すな……な~んてコト言われたトコロで、聞く耳なぞ持ちゃしねぇ。
はてさて、どうしたモノか……。
「リョウ?暑いんだから、多少短い方がイイのよ。早いとこバッサリやってちょうだいっ!!」
べたつく襟足が気になるのか、ついには逡巡する俺にまで苛立ちはじめる。
こうなったらもう、覚悟を決めるしかねぇな。



「バッサリ……ね」
「そう、バッサリね!!」
額髪をうるさげにかきあげる香の横顔をチラと盗み見て、あとでどう文句をつけようが、言い切ったのはお前だからな……と。
この先起こるであろうドタバタにそっと苦笑しながら、やわらかな茶色い毛先にさくりと鋏を入れた。





END    2010.8.21