●私のすべてを映すもの●


朝起きて、窓の外から聞こえてくる小鳥たちの鳴き声に耳をそばだてながら、
今日も一日頑張るぞ、と、大きく伸びをして着替えをする。
顔を洗って、化粧水を軽くはたきながら、愛用の手鏡片手に薄づきのリップを引いた。
うーん……。
夕べ、面白い本をなかなか切り上げることが出来なくて夜更かししたせいか、今日の顔色はいまひとつという感じ。
上を向き、下を向き。
左右を見返した手鏡の中、自分に喝を入れるように、わざと口角をあげてにこりと笑った。



気付けばこの手鏡は、愛用ともいえるべき昔馴染みになっていた。 「高校生にもなって鏡のひとつも持ってないなんてっ」と、絵梨子にどやされ、 誕生日に押し付けられてから、もう何年来かしら。 その親友の思いに反し、高校の時はあまり使うことはなかったけど。 乾燥する季節にリップクリームを塗る時とか、思うとおりにいかないくせ毛に悩む時とか、 年を重ねるごとに、自分の顔と対峙することは多くなった。

帰りの遅いアニキを待つ寒い冬、ひとりぼっちが寂しくて、コタツにもぐりこんで、ひとりごとの相手になってもらったり。 アニキが死んだあと、一晩泣き明かして腫れた目を確かめたのも、 冴子さんをはじめとした数々の依頼人への嫉妬に歪んだ醜い顔を映し出したのも……この手鏡だった。 そしてリョウと結ばれた翌朝……何がどう変わったわけでもないのに、いつものそれとは違う、 いろんな意味で女になった私を映し出したのも、この手鏡だった。

私の人生のあらゆる時に傍にいて、その時々のいろんな私を……その思いを映してきた、大切な手鏡。 きっとこれからも、いろんなことが起きる度、いろんな私を映し出していくんだろう。 「とりあえず……まぁ、やっぱり、早々に変化は見られないわよね」 手鏡の中、上を向いたり横を向いたりしてみても、いつもと変わらぬ私がいる。 「リョウのヤツ……どんな顔するかしらね」 まだふくらみもしないお腹に手をやりながら、その時を思い描いてくすりと笑えば、 手鏡の中、愛しい男を思って微笑む私が映る。 近い将来、愛する男の横で幼子を抱き、慈愛に満ちた笑みを浮かべる、 そんな私が映る日も……そう遠いことではなさそうだった。




END    2015.6.8