●よもつひらさか●



「ふぅ…」
ベッドの上で、何度目かのため息と共に寝返りを打つ。
長丁場の仕事がやっとのことで片付いて、明日は久しぶりのオフ。
たまの休みにしなきゃいけないプライベートなこともあるワケで、今日は早めに寝ようとベッドに入ったというのに…。
あまりに慣れない時間にベッドに入ったものだから、心も体も妙に落ち着かず、いくらたっても眠れやしない。
まったく…これも職業病のひとつなのかしら…?



「でも…いくら何でも、これじゃぁ、ね…」
せっかくの休日を有意義に使うためにも、早く眠りたいものだ。
ちょっとお行儀が悪いけど、頂いたワインのミニボトルがあったのを思い出し、寝酒代わりにと軽くグラスに注ぐ。
ベッドボードにもたれ、ワインを一口、口に含めば。
きれいな色のロゼは軽やかに甘く、ほのかな苦味が口の中に広がる。
コクリと飲めば、芳醇な香りが鼻から抜けて、なんとも幸せな気分になれた。
このワイン…頂き物にしては、アタリだったわね…。
くすりと笑いがこぼれた。



「さてっと、たまには何か、読んでみましょうか…」
ベッドサイドに置かれた小さな棚には、こんな眠れない時に目を通す本が数冊置いてある。
いつもはギリギリのところまで体を使うものだから、この所はとんとご無沙汰だったそれらを。
今日は何となく手にしてみることにした。



「万葉集、か…」
クールな優等生だと思われがちだった学生時代。
でも割と、本の中の世界に憧れてたりしたのよね。
白馬に乗った王子さまを夢見たり、お姫様が着るようなきれいな衣装を着てみたいな…なんて。
もっとも、現実に現れた白馬の王子さまはボサボサ頭でヨレヨレのコートを着た、猫背の冴えない人だったけど…?
くすくすと笑いながらページをめくっていくと、とある一首に目が留まった。



山吹の 立ちよそひたる山清水 汲みに行(ゆ)かめど 道の知らなく



奈良時代の政治家であり歌人だった、高市皇子(たけちのみこ)の歌。
愛する女性を亡くした悲しみを詠んだ歌。
山吹の黄色い花と山から湧き出る泉は、死者の住まいである黄泉(よみ)の国の暗示。
彼女の旅立っていったそこへ行きたいのに、私はその道を知らない…。
まるで私みたい…と、思わず苦笑する。



他人から見れば、何とも冴えない人だったかもしれないけど。
でも…でも、笑顔の優しい、心の温かい人だった。
槇村は私にとって、誰よりもかけがえの無い王子さまだったわ…。
瞳を閉じれば、優しく包み込むような笑顔が浮かぶ。



私も…あなたのいる黄泉の国へ行く術を知らないけど。
でもいつかその道を見つけ、あなたに再び会える日が来るのだろう。
その時は、よもつひらさかを走って走って、走り抜いていくから。
だからその時は…その先で、ちゃんと迎えてよね?
その再会の時までに、私はもっともっと女を磨くから。
誰よりも、きれいな女性になるから。
あなたがプロポーズし損ねて、「しまったっ!!」と、心から悔やむような。
そんな素敵な女性になるから…。



「そのためにも、早く体を休めなくっちゃ…ね?」




いつか再会した時、きれいになった私に、槇村が眼鏡をずり落としてしまうほど驚いて、慌てて身づくろいして。
そして照れたようにぶっきらぼうに笑って。
それでもあの優しい瞳を向けて、私に手を差し伸べてくれることを思い描いて。
とても幸せな気分になれた。



ふふ…と笑みをこぼして、本を戻して明かりを消せば。
ワインのせいなのか、幸せな未来を思ってなのか。
あれほど訪れなかった眠りが、今度はすぐさま、私を夢の世界へと攫っていった。




END    2006.4.6