●You are my treasure●



澄み渡った秋晴れの空に、綿菓子みたいな雲がふわりと浮かぶ。

そんな中、廃校になった小学校のグラウンドを借り。
歌舞伎町で働く面々による、一大運動会が開催されることになった。
夜のネオンに慣れ、初めは渋っていた面々も、いつしかみんな乗り気になって。
日頃の運動不足の解消とばかりに、常ならば仕事明けで枕を抱えているこの時間、
広いグラウンド内に和気藹々とひしめき合っていた。



午前中の競技は異様なまでの盛り上がりを見せながらスムーズに行なわれ、
いよいよ午後の部のメイン、借り物競争となった。
クラブ華のサヤカちゃんに、居酒屋ひょうたんの研さん、寿司政のシンさんらと同じレーンに並ぶ。
クラブ華は最近イメクラ路線に走っているだけあって、
サヤカちゃんはジャストフィットなTシャツに、これまたピチピチの短パンを穿いていて。
会場内からはしばし、歓声と口笛とが鳴り止まなかった。



昔は相撲部屋から誘いの声があったという研さんは論外として、
とりあえずのライバルは、昔、陸上をやっていたというシンさんだろう。
とはいえ、靴磨きの轍さんの使い走りとして。
まだペーペーではあるが、まがりなりにも情報屋の末端に名を連ねる者としては、
断じて負けるワケにはいかなかった。



「サブくん、頑張ってっ!!」
……と、轍さん絡みも手伝って、香さんが俺に声援を送ってくれた。
それに軽く頭を下げて応える。
もちろん、香さんとどうこうなろうなんざ思っちゃいないが。
(だってホラ。今だってその隣りで、すっげぇガンつけて冴羽さんがにらんでるし・汗)
でも……それでも密かに香さんを慕っている俺としては、鬼に金棒、百人力ってもんだ。



「位置について……」
この大会の主催者でもある、ゲイバー・ゴードンのマリコママがピストルを構える。
これだって、俺が撃ってやるよと冴羽さんが愛銃をチラつかせたのを丁重に断ったってぇ、イワク付き。
さすがにこんな真昼間からンなモンをブッ放されたら、いくら泣く子も黙る新宿歌舞伎町とはいえ、
せっかくの運動会が台無しになるってもんさ。
そんなワケでマリコママが手にしているのは、
どこの誰だかが駅前の100円ショップで調達して来たオモチャのピストルだった。




「用意………」
パァァァ………ン…………!!!



オモチャにしてはリアルな音が、きれいな秋空へと吸い込まれていく。
その余韻を聞きながら、一目散に走り出した。
そしていくつかのハードルを越え、パン食い競争のアンパンよろしく竿からぶら下がってる封筒を引き千切る。
まどろっこしく封を切った中から現れた一枚の紙切れには、ただのひとこと。
――――――会場一の美女――――――
……そう、記されていた。



………会場一の美女、だって?
世にその名を知られた歌舞伎町の面々が居並ぶ、この会場で?
夜ともなれば、紅白粉に色とりどりのドレス、そして安物の宝石で見を飾った美女は星の数。
中には、顔や身体の一部にちょいとしたオイタ(整形)をしたニセモノ美女もいれば、
本物真っ青だけど戸籍は……という、ニューハーフなんてのも居る。



それでも……飾るものなど何ひとつ無くても。
輝くばかりのその素の笑みを、誰に分け隔てるコト無く与えてくれる……。
そんな香さんこそ、会場一、歌舞伎町一……いや、新宿一の美女だろう。



「う゛ぇ~……女王様ご愛用の真っ赤なピンヒールなんて、この会場の誰が持ってるってんだよぉ~……」
隣りで泣き言を言うシンさんを尻目に、俺はしたり顔で観客席へと走り出した。
目指すはこの広い会場内でも、一番に目立つあの場所。
新宿の誰もが畏れ敬い、慕っている冴羽さんのところ。
そしてその横に居る、とびきりの笑顔の女性(ひと)のところへ……。



“日頃お世話になってる人たちを応援しなきゃ、バチが当たるでしょ?!”
……と、香さんが言ったかどうだかで、今日、この会場には冴羽さんご一行様がご来賓。
裏社会のナンバー1と言われるCITY HUNTERの二人に、日頃親しくしてる元傭兵・ファルコンさん夫婦。
それにお向かいの元スイーパーで、今は新宿のスピーカーとも言われる情報通・ミックさん夫婦
……と、新宿歌舞伎町に名を知られた3組のカップルが顔を揃えて、未だランチタイムの真っ最中。



その一種、異なる雰囲気を醸し出している集団の前で、
俺ははぁはぁと荒い息を整えながら、駄々をこねる冴羽さんにお茶を注いでいる香さんの前に立つ。
「……どうしたの、サブくん?」
つ…と小首を傾げるその姿にすら見惚れてしまって、慌てて借り物の記されたメモを差し出した。
借り物は……香さんなんです。俺と一緒に来て下さい!!
そう言おうとしたその瞬間、冴羽さんが俺の手からいち早くメモを奪った。



「んぁ?会場一の美女ぉ~?お前、誰を連れてく気だったんだぁ?」
メモをひらひらとかざして、ニヤリと笑う。
しかし……その目はこれっぽっちも笑っちゃいなかった。
「……え、えっと。その、俺…………」
香さんを……というセリフが、胸に痞えて言い出せない。
今、ココでそんなコト言ったら。
今、この場はいいとして、その後で間違いなく半殺し……いや、新宿ではもう、生きて生けなくなるかもしれない。



「美女って言うんだから、香はまず、除外だろ?」
「えぇえぇ、どーせそうでしょうよ。どぉせあたしはっっっ!!!」
冴羽さんのいつものからかいに、真っ赤な頬をふくらませる香さん。
ヤキモチな冴羽さんのひとことにすら、コロコロと表情を変える。
あぁ、その顔もすごく素敵だ/////



「えっと、えぇっとぉ………」
さすがに香さんは誘えないととっさに判断し、チラと目を走らせるその先には、
喫茶店を経営する元・女コマンドの美樹さん。

そうだ、この際彼女でも……。
そう思って手を伸ばそうとした瞬間。



「美樹、サンドウィッチはどこにしまった」
と、ファルコンさんのドスの効いた低い声。
失明したという噂だが、その大きな光るサングラスの奥からにらまれているようで。
この女をどうする気だ……?と、語っているようで。
伸ばしかけた手を、寸でのところで引っ込めた。



「えぇっとぉ………えっとぉ………」
冴羽さんの悪友、ミックさんの奥方である美人研究医・かずえさんもその横に居るけれど。
秋の日に美しく輝く、ミックさんの碧い瞳がスッと眇められて。
オイ、坊主。オレのハニーに何する気だ……?
と無言の圧力をかけられた。



「………………………」
俺はただ、密かに慕っている香さんを。
俺の中では世界一の美女ともいえる香さんを連れて、走りたかっただけなのに。
それが何故、こんな目に………?



「みんな、行かないの?じゃぁ、私が行くっ!!」
言葉を無くして呆然と立ち尽くす俺の前で、小さな影がぴょこんと立ち上がった。
「ねぇ、それって年齢制限無いんでしょ?なら、私、私♪」
そう言って立ち上がったのは、大人の歓楽街・新宿歌舞伎町の中で唯一顔の効く女子高生。
人気ベストセラー作家でもある北野ユカこと、野上唯香さんその人だった。



「ねぇねぇ、ココは私で手を打っておいた方が正解だと思うわよ?
これ以上、香さんたちを連れて行こうものなら。
あなた、当分この街を歩けない……そう、覚悟しておくことね?」
唯香さんの言うコトは至極ご尤もなコトで、こっそりと耳打ちされた俺はコクコクと頷いた。
それでなくても、ただでさえ鋭い眼力の持ち主たちが、それに輪をかけてにらんで来てるんだから。
ここはもう、敵前逃亡と言われようが何だろうが、逃げるが勝ちってもんだろう。



「はは……ははは、そうっすね……」
「そうと決まれば話は簡単♪さぁ、行くわよっ?!」
まだ戸惑いがちに返事を返す俺をヨソに、唯香さんは愛用のノートPCを片手に、
もう片方の手で俺の腕を引っつかみ、ゴール目指して一目散に走り出した。



「ほら……ガッカリしないで。
いつの日か都会の掃除人シリーズの番外編に、サブさんのコト、書いてあげるわよ。
その代わり……情報屋って職業についての色々を、教えて……ね?」
若さゆえなのか、取引条件の魅力ゆえなのか。
唯香さんはものすごい速さでグランドを駆け抜け……俺たちは見事、一位を獲得することが出来た。



後日……唯香さんの約束どおり、ベストセラー「都会の掃除人・リョウイチ」シリーズの番外編、
「情報屋シローの片恋物語」なるものが出版された。
「う゛………っ/////」
サブの次だからシローという安易なネーミングセンスはともかくとして、
都会の掃除人・リョウイチの恋人、カオルコへの想いがこんなにもあからさまに……
誇張度MAXで書かれているとは。
これじゃぁまるで横恋慕……っつーか、まるでリョウイチの死を、その後釜を願ってるようにしか見えないだろう。
こんなモノが発売された日にゃ、香さんにあわす顔が無いってもんだっ!!



案の定、早々に目を通した冴羽さんが俺を探していたという情報を逸早くキャッチし、
俺は取るものもとりあえず轍さんに別れの言葉を告げ、脱兎の如く街を抜け出した。
一ヵ月……いや、冴羽さんの様子を聞いた話じゃ、半年は戻れないかも……?
冴羽さん、怒るなら俺じゃなく、唯香さんですってばぁ~~~っっっ!!!(号泣)




END    2006.10.10